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▽『甘露の法雨』を詠む 〔1〕 (Jan 1, 2011 1:00:49 AM)
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平成23年になりました
あけましておめでとうございます
皆様に、また日本国に素晴らしきことを祈ります
『生長の家』が大切にしてきた聖典に『甘露の法雨』があります。
創始者谷口雅春師がやさしく説明してありますので、ご一緒にどうぞ。
◆欲界といふ世界
『甘露の法雨』の中には「三界」という語(ことば)がでてまいります。
三界とは、欲界、色界(しきかい)、無色界(むしきかい)の三つの世界をいうのであります。
これはもとは、仏教の用語であります。吾々が生まれ変わって出る世界を仏教では大別して三種類あると言うのであります。
吾々人間は「欲界」に棲んで居るのです。「欲界」の欲という字は「欲しい」という字で、「何々したい、何々したい」「何が欲しい、何が欲しい」と云う想いをもった者が生まれ出る世界であります。「お金が欲しい」とか「恋人がほしい」とか、「出世したい」とか、「試合に勝ちたい」とか云う想いをもった者が生まれている世界です。
その欲の大分清まった霊魂の生まれ変わって行く天人の世界が「色界」であります。
◆《色界》といふ世界
「色・しき」と云うのは、人間界では物質のことを「色」という、「色」と云うのは《色即是空》の色であります。
詳しく謂うと、人間のみとめる「物質」ばかりを「色」というのではないのであって、天人の世界は物質の世界ではないけれども、物質の世界みたいに「念(こころ)の波」に依って現れた一種の材質(マテリアル)がある。その材質を「色」と云うのであります。
天人の世界では「物質あり」と云うような観念が幾らか残っているので、その念(こころ)が形に現れて色身(しきしん)という一種の材質でできているところの「天人の体(たい)」をもっているのです。
然し欲界の人間みたいにその人の念が執着が強くなく重濁していないから、吾々のような重濁した物質の体(たい)の様なものは持ってはいないけれども、軽るやかな一種の《ガス体》のような《色身》を持っている。そして吾々自身が肉体を確乎とした具体的な体だと思っているように天人も自分の《色身》を確乎とした具体的な体だと思っているのであります。
◆《無色界》といふ世界
更に欲がなくなり、「物質あり」という想いがなくなり、その結果、「色身」が全然なくなった天人の住む世界を無色界と言うのであります。
無色界の天人には全然そういう体はない — もう本当に魂だけの境涯 — そういう世界にやがて悟りの程度の進むに従って吾々も生まれて来るのです。然し大体吾々人間は現在まだ「欲しい、欲しい」の境涯を脱し得ないので、欲界に生まれて来て居るのであります。
地獄、餓鬼、天人の一部 — それ等はみな欲界の生命であります。つまり現象界の生命なのです。「三界の諸霊」といい、「三界の諸生命」といい、生きているいのちの本体を「霊」と見れば「三界の諸霊」であり、生きているいのちの本体を「生命」とみれば三界の諸生命であります。
このように三界と云うのは吾々の霊魂が生まれ変わって行く先の現象界のことであります。現象界の上級の方は天人界であります。謂わば高急霊の棲む世界なのであります。
◆物質とは何であるか
では、吾々が「物質」とみとめているものは何でありましょうか。
『甘露の法雨』の《物質》の項には次の如く示されています。
汝ら感覚にてみとむる物質を
実在となすこと勿れ。
物質はものの実質にあらず、
生命にあらず、
真理にあらず、
物質そのものには知性(ちしょう)なく
感覚なし。
物質は畢竟『無』にしてそれ自身性質あることなし。
金剛般若経に、「山、山に非ず、これを山と謂う」という語(ことば)がありますが、物質と云うのはものの実質ではない。物質でないものを仮に「物質」と呼んでいるのです。
本来、物質と云うものは「無」から出て来たのであります。星と星との間の空間の、何も無い所から物質元素のもっとも原始的な水素ガスが生れ来てそれから色々の元素に複合して来たのですね。水素ガスが生まれるのは、真空の中に、中性子がヒョッコリと生まれて来て、それが「電子」と「陽子」とに分化しまして、その陽子が「原子核」になって「電子」がそのまわりを廻るという構造になって、《最初の物質》即ち《水素》ができたのです。
結局《何もない》ところから、物質のもとが出て来たわけであります。だから《物質》とは何にもない《真空》の変形だから、物質と云うものはないのであって、《物質》は《無》である。
従って、物質は存在(もの)の実質ではない。《真空》即ち《何にもないもの》が動いて《物質》としてあらわれたのは、物質以外の、肉眼に見えないところの何か不思議な神秘な力が出て来てこれを動かして居るのだと考えるより仕方ないのです。
即ち物質は単なる物質ではなく、「神秘な力」即ち「神の力」の自己顕現だということになるのです。
〜つづく
▽明けましておめでとうございます (Dec 31, 2010 11:28:57 PM)
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2011年!
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明けましておめでとうございますm(__)m
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去年は、散々たる結果
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当然、今年も懲りずに?金杯から
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気分良く、一年の始まりを迎えたいですね(^^)v
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変化の多い一年になりそうですが、
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笑顔多い年にしたいですね!
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今年も、よろしくお願いします
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