2011年2月2日水曜日

更新通知 [競馬予想の競馬口コミ情報01]

keibacomi 様

▼競馬予想の競馬口コミ情報01
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▽『女人極楽』より (2) (Feb 1, 2011 11:05:48 PM)
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生長の家 開祖谷口雅春師は『女性の光明化は世界の光明化である。今こそ女性に、愛と美と優しさと純潔さとの優れた天分とその天職に目覚めよ』と言っておられます
◆念仏は死ぬためではない、天地の生命との一体感を深めるためです
今まで仏教で南無阿弥陀仏と称えたら救われると云われたのは、本当は『阿弥陀仏』これは『宇宙に満つる無量光の大生命』と云う意味で、『宇宙の大生命に南無する』即ち帰一し一体でありますから、私は幸福であるより仕方がありません — と云う意味だったのです。
ところが親鸞聖人、法然上人の出られた時代は、保元の乱、平治の乱が相次いで起って、兄弟互に敵味方に分かれて戦うと云うような乱世で、《もうこのようないやらしい戦争をする世の中には生きていたくない。国民互に殺し合い親子弓矢を引き合って殺し合いをするような、そういう戦国の世には生きていたくない。むしろあの世に行って救われたい》と大衆は思わずにはいられなかった。
その時代に法然上人、親鸞聖人が現れて『南無阿弥陀仏』の福音をお説きになりました。この世にあきあきとしてしまって、この世ではもう救われないと思っていた大衆は、親鸞さんや法然さんの御法話を聞いた時に、後生は救われたいと《後生後生》と言った。そこで《南無阿弥陀仏》と称えると《後生だけが救われる》と多勢の人が誤解してしまったのであります。
それは時代の力であったのです。戦国時代で現世否定の時代の力だったのです。しかしながら、《阿弥陀仏》と被仰る仏さまは、西方極楽浄土に押し込められているような、ちっぽけな仏様ではありません。尽十方無碍光如来と言われるのですから、十方を尽して悉くお救いになる仏様です。
十方というのは — 四方八方に天地の二方を加えて十方と言います。ありとあらゆる方角を尽してどこにでも無碍光燦々と礙げるものなく輝いているお光が所謂無碍光です。無碍光の《碍》という字は障礙物の礙という字であります。だからどんなものでも障礙物にならないで、どんな固い鉄の扉の中にでも、どんな緻密な岩の中にでも、人間の骨の中にでも、歯の中にでも、どんな真空の中にでも満ち満ちているところの無碍の光、これが、尽十方無碍光如来すなわち阿弥陀様と言われておられる仏様です。だから何処にでもいらっしゃるのです。ここにも、あそこ
にも、私のうちにも、あなたのうちにも・・・・・・。阿弥陀仏のいらっしゃらないところなどありはしない。
阿弥陀仏の無碍光の光は、物質の光、電気の光、太陽の光というような、そんな光ではありません。ちょっと物で遮ったら影になるというような、そんな光ではない。それは智慧の光である。無限の生命の光である。《仏の光は智慧の光明にして》と親鸞聖人は教行信証の中で書いておられます。また『唯信鈔文意』にも親鸞聖人は《無碍光仏の御かたちは智慧のひかりにましますゆえに、この如来の智願海にすすめいれたまうなり。一切諸仏の智慧をあつめたまえる御かたちなり。光明は智慧なりと知るべし》と書いておられるのであります。
何もないところから電子や原子核を生み出し、その宏大な智慧のままに生命を吹き込んで一切の分子原子を並べて一切をつくり出すところの不可思議なる智慧の力、これが阿弥陀仏の光であります。その光が皆さんの中に宿って皆さんの生命が阿弥陀仏の生命である。皆さんの中に阿弥陀仏が生きていらっしゃるのであります。
◆阿弥陀仏を西方極楽浄土に押し込めてはならぬ
今までの仏教に教祖の時代には奇跡があらわれたのに、その時代が過ぎると、軌跡が現れないのは何故であるか。また終戦後既成仏教教団が分裂抗争したり、気息奄奄としてお寺の維持だけにも困っておるというような状態になっているのは何故であるか。それは阿弥陀仏を西方極楽浄土に押し込めてしまっているからである。
阿弥陀仏は西方のみにいらっしゃるのではない、阿弥陀仏は尽十方無碍光如来として、到る処に充ち満ちていらっしゃる。阿弥陀仏は今ここにいらっしゃるのだ。皆さんの生命の中に、私の生命の中に、すべてのもののなかに・・・・・・・・。
阿弥陀仏は尽十方無碍光として、ありとあらゆるところに満ち満ちていたまうて、皆さんを生かさずにいないのである。皆さんの生命が阿弥陀仏の生命である。だから初めから救われているのである。これからも救われるのである。初めから光であるから影は一つもない、暗いところは一つもない、罪はないのである。
つづく

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